久留島武彦(1874~1960)

全国童話人協会 初代会長

「日本のアンデルセン」と呼ばれた久留島武彦は、明治・大正・昭和の三代にわたって、人が人として共に生きていく上で、必要な教えを楽しいお話にのせて子どもたちに語り聞かせた教育者です。

また、日本にボーイスカウトを紹介し、日本ボーイスカウトの基盤作りに尽力、以下のような日本初となる数々の業績を残し、日本の近代児童文化の基盤を築き上げたパイオニアといえます。

 

 

久留島武彦 略歴

 

明治7年6月19日(1874)大分県玖珠郡森町(現 玖珠町)に生 

    まれる。

明治21年(1888)アメリカから来たウェンライトから、英語と信

    仰生活で指導を受ける。 

明治28年(1895)軍隊生活について書いたものを「尾上新兵衛」

    の筆名で「少年世界」に連載

明治29年(1896)尾崎紅葉から巌谷小波を紹介される。

明治36年7月15日(1903)日本初の口演童話会を開催。巌谷小 

    波、川上音二郎、貞奴とともに日本初のお伽芝居を開催。

 明治39年3月4日(1906) 「お伽倶楽部」を設立し、定例口

    演童話会を開催。

 明治41年(1908)お話一本で子どもたちの前に立つ決心をし、

    地方を巡回しながら口演童話活動をする。

   (生涯を通して、愛知、奈良、京都、岡山、北九州など、日本各

    地を巡回講演する)

明治43年4月ごろ(1910) 話し方研究会の「回字会」創立

明治43年5月5日 東京青山に早蕨幼稚園創立

大正4年(1915)台湾・朝鮮口演旅行、その後、数回、口演旅行を

    して回っている。

大正13年6月(1924)世界ボーイスカウト大会に参加の際、ア

    デルセンの旧跡を訪ね、その顕彰を説いたことから「日本の

    ンデルセン」と呼ばれるようになる。

大正15年4月(1926)デンマーク国王よりダンネブロウ四等勲

    が授与される

昭和12年8月16日(1938)到津遊園林間学校を開設 初代学

    長となる。

昭和20年(1945)東京大空襲で、早蕨幼稚園と自宅が全焼

昭和24年(1949)奈良県の称名寺を経て、伝香寺に移る。

昭和25年5月5日(1950)玖珠町旧久留島藩邸跡に童話碑が建

    される。以後、毎年、五月五日の子どもの日に「日本童話祭」

    が、「童話碑」の前で開催されている。 

昭和27年10月11日(1952)全国童話人協会設立 初代委員

   (会長)に就任する。その後も、岡山、愛媛、大分、京都、北海

    道、青森、兵庫、愛知など各地を巡回講演。

昭和33年(1958)紫綬褒章を授章

昭和35年6月27日 永眠(享年86)

     墓所は、大分県玖珠町 安楽寺

 

主な著作

「久留島お伽講壇」(冨山房) 「通俗雄弁術」(廣文堂) 

「童話術講話」(日本童話協会)「久留島名話集」(東洋図書)など

 

主な口演童話

「海に光る壺」「虎の子の大発見」「角笛はひびく」「石になる羊」「牛肉屋大地震」「友がき」「熊のしりもち」など

 

参考文献 「久留島武彦評伝」「全国童話人協会六十年誌」「久留島名話集 角笛はひびく」